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現場レポート

病院での即興的な音作り 第1回

佃 文子

「音の威力」♪♪♪ ~ 声とライアー ~ ♪♪♪

 2007年秋、私は、突然の事故で生命の危機にある教え子の見舞いに行くこととなり、その時、咄嗟に思いついたのが、勉強し始めていた「ライアー」という楽器の持参であった。
 当時私はシュタイナー教育の「音楽教育・療法的音楽教育者のための、聴く教育養成講座」を受講していたのだが、ここでは「聴く」という行為を、声や楽器の響かせ方や即興的な音作りを通して学び取る要素が多くあり、イヤーゲームで学んでいた五感を活かした既成概念にとらわれない各種の自由な音作りがかなり役に立った。今後イヤーゲームを進めていく上で、この講座で初めて出会った楽器の中でも「ライアー」という楽器がかなり活用できると思われ、まずペンタトニックのキンダーハープとソプラノライアーを買い求めた。また、受講仲間のKさんにライアーの音の不思議とその音の「力」を聞かせていただいたことも貴重な財産となった。

♪昏睡状態の重病人の耳元でライアーを弾いて聞かせたら、閉じているその目から涙が出てきた。音が届いて聞こえている、きっと目覚めると思った。
♪毎日手のひらサイズのミニライアー(ペンタトニック)を聞かせる内に、覚醒する日がついにやってきた。
♪全快し元気に働けるようになった。

※ライアーの音量はとても優しく穏やかで音量が微量である。殊に耳元で奏でられる。手のひらサイズのライアーはとっても小さな音である。しかし響きの広がりがある。それから1年もたたないうちに自分がまさかライアーを病院で奏でることになるとは思ってもいなかった。前置きが長くなってしまったが、突然病院へ行くことになってまず何をどうすれば良のかKさんに教えを請うことになった。

♪病室の状況を見極める。その場所で歌えるか奏でられるかの判断。
♪ライアーの音を室内に響かせる。特に曲を奏でなくても良い。ペンタトニックの一音一音を丁寧に響かせるだけ。気持ちを届ける心をしっかりと持って。
♪肉声が大事。名前をライアーの音と共によびかけ歌う。曲にならなくても良い。気負わずありのままに病人へ気持ちを音と言葉で伝える。即興で良い。

初めて聴かせたライアー (M君は眠り続けている。)
♪ ペンタトニックの下降音に名前のせ、繰り返し歌い続けた。
♪ 病室でその時に感じた心のままを5音で作り奏でた。
 無我夢中で奏で歌っていたので心拍感知装置モニターの数値の変化には気が付く余裕がなかったが、数日後彼のお母様から「友人たちの声やライアーの音に、血液中の体内の酸素量に良い変化がみられる」。ということを伺った。

 実際、私が歌ったときその数値が上昇するのを他のお見舞いの方が見て「先生、もっと歌ってください」。といわれ、必死に歌い私自身もその様子を知ることが出来た。ライアーの音のみでも、モニターに映し出されるいろいろな数値が良い状態となり、この楽器の必要性を感じたのである。

ミニライアー制作依頼とライアー演奏訪問

 受講仲間のM氏がライアーを制作していること。そして偶然だがM君の病院近くに住居があり不思議なご縁を感じていた。寝たきりの病人に適した手のひらサイズのミニライアーを早速注文し、そしてM氏にもライアー演奏をお願いした。M氏のアルトライアーはペンタトニックの物とは当然音域から音量も違い、あらゆる曲の演奏が可能である。病室ではM氏のその時のお気持ちで演奏していただいた。後に彼はこの時の気持ちを「音楽による祈りの行為」と話された。声楽の曲では私が、歌ったりもした。この際必ずお母様が付き添われ、モニターに映し出される生命器官の数値をご覧になり、良い方向へ変わるごとに喜んでいらした。この訪問は、およそ2週間に一度くらい続けられていた。

 およそ一ヶ月半後のある日、二人で訪ねた時、M君がぱっちり目をいっぱいに見開いて、その日の早朝に覚醒したことを知った。この時の感動は他の機会にしたい。

 病院訪問は、偶然だがもう一人の青年をも見舞うこととなり、彼ら二人の青年がN病院から他の病院へ転院する2008年4月まで続けられた。次回は二人の青年の様子を報告したい。

写真説明...左から、1.ミニライアー(村上智作、ペンタトニックDEGAHDE) 2.キンダーハープ(A.Lehman作、ペンタトニックDEGAHDE) 3.キンダーハープ(村上智作、ペンタトニックDEGAHDE) 4.ソプラノライアー(M.Joecks作、E~3点D35弦)

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